
新しい技術を開発し、品質の向上を図る
茨木屋
技術革新により創出される新しい京蒲鉾
明治二年(1869)三月五日、明治天皇は京の街を離れ、東京に向かって出発した。幕末の争乱から東京への遷都―、この日京都は、歴史上の大きな転換点を迎えていた。その翌日、生魚問屋が並ぶ上魚棚通(現在の椹木町通の堀川以西)の茨木屋で修業を積んだ初代・池内豊治郎は、暖簾分けのかたちで蒲鉾店を創業。屋号は修業先と同じ「茨木屋」と命名され、新しい時代への第一歩を踏み出した。
当初は鱧の蒲鉾の製造販売を行なっていたが、鱧が入荷できないシ-ズンには、それなりの苦労があったときいている。そうしたなか、茨木屋の蒲鉾作りの技術は目覚ましい進歩を遂げていった。そしてついには、大正・昭和両天皇の即位の大典の折、儀式に使われる料理に、同店の蒲鉾が盛り込まれるほど高い評価を得たという。
戦後、蒲鉾業界は大きく成長したが、工業製品と化した一般の蒲鉾は、どれも似通った味になったというネガティブな面もあった。しかし茨木屋は、京ならではの蒲鉾の味を一貫して追究し続け、製造方法の進歩や素材の質的向上に力を注いでいったのである。
現四代目当主の池内常郎氏は、京都大学農学部水産学科を卒業後、「かまぼこの足とその添加物に関する研究」という論文で博士号を得た異才の経営者である。氏弛まぬ技術革新の末に創出された「鱧魚羮」は、茨木屋を代表する商品として、各方面から高い評価を獲得している。
素材も技術も本物志向にこだわり続ける
当店は京蒲鉾の味わいや品質を向上していくため、様々な研究や新しい試みに取り組んでおります。特に昭和四十年ごろに私どもが開発・実用化した新技術は、当店の蒲鉾づくりにたいへん大きな成果をもたらしました。その新技術とは、原料の魚を現地ですぐに処理し、ある程度まで加工した段階で冷凍して持ち帰る、というものです。これにより、生きているのと同じくらい新鮮な状態で工場に入荷することができます。
食品づくりは素材が命。ですから、最高の材料を選んで用いることには、とことんこだわっていくつもりです。また、鱧魚羮にしても、名称に「鱧」と謳うかぎりは、原料に鱧を100パ-セント使わなければ意味がないと考えています。そうした本物志向に本気で取り組むことによって、私どもは京蒲鉾ならではのクオリティを追究しようとしているのです。京都の老舗の素晴らしさとは、万古不易なものを守りながら、常に新しいものを取り入れていく精神の柔軟さにあると思います。京の先人の残した良き伝統のもとで、当店はさらに技術の向上に務めていくつもりです。
店舗情報
創業 | 明治2年(1869年) |
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商号 | 株式会社茨木屋 |
所在地 | 京都市中京区寺町三条上る(東側) |
電話 | 075-251-6711 |
FAX | 075-251-6712 |
営業時間 | 午前10時~午後6時 |
定休日 | 水曜日(祝祭日は営業) |
URL | http://www.ibarakiya.co.jp |

